昔、清水の街は、マグロ船が入るたびに船員で溢れていました。
いかにも無骨で近づきづらい雰囲気の潮焼けた男、太い腕に入れ墨を入れた白人男、旭町のお姉さんと腕を組んで大騒ぎしている痩せた東南アジア人。
多種多様な海の男の品評会。
そんな風情でした。

1年以上の長き航海を終え、陸揚げのための一時帰国。
約一ヶ月の間、久しぶりの陸を思う存分楽しみます。
船の到着を待っていた親会社の経理から、今の価値で数百万の小遣いをもらうので、懐はほっかほか。
金に糸目を付けず、夜な夜な豪遊する姿は、当時しがないサラリーマンであった私にとって、近寄りがたいものの羨ましい存在でもありました。

その内、行きつけの飲み屋でよく見かける、ある船の船員達と仲良くなりました。
彼らは、強面の外見からは想像できない純粋な人柄の人が多く、いざ仲良くなると毎晩のようにご馳走してくれ、大変可愛がってもらったものです。

みんな年齢はまちまちで、出身地もバラバラ。
清水の人は一人もいませんでした。
M船長は、その中の一人。
特に懇意にしていた呑み仲間です。



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【清水魚市塲】 NIKON D500 / SIGMA 35mm F1.4 DG HSM / F2.8・1/1000 / ISO100 / RAW



M船長は私より10歳以上年上でしたが、小柄で引き締まった体からは近寄りがたい臭いが出ていました。
実際、魚臭かったですけどね(笑)
でも、垂れ目で温厚な目には妙に惹かれるものがあり、私もこのような男になりたいと思いました。

強く「男」を感じる容姿以外にも、港町生まれにとって郷愁を誘う、船乗り独特の用語が彼らの会話に飛び交うのも、聞いていて魅力を感じました。

まずは、仲間の呼び方。

キャプテン(船長)
ボースン(甲板長)
チョッサー、チョフサー(一等航海士)、
エンジャー(機関士)

このように基本的には英語なんですが、漁労長だけはそのまま日本語で呼んでいましたね。
役付きの人はお互いをこのように呼ぶので、私も右にならえして、ちゃっかり仲間に入った気で「ボースン、これ喰いなよ」なんて感じで呼んでいました。
結局、名前を知らないままだった人が沢山います(笑)

ちなみに、マグロ船では、漁の全てを取り仕切る漁労長は、船長より位が上なんだだそうです。



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【清水魚市塲】 NIKON D500 / SIGMA 35mm F1.4 DG HSM / F1.8・1/1000 / ISO100 / JPEG



名前の呼び方以外にも、会話の端々に船の言葉が溢れていました。

「あの角の店、行ってみようぜ。おい、○○、様子を見てこい。」

そっとドアを開けて中を覗く見習い○○君。

「キャプテ~ン、婆さんばっかりで全然ダメっす。」
「そうか、じゃパスだな。」

そうこうしている間に、何とか店に引きずり込もうと愛想笑いを浮かべながら出てきたママさん。

「いらっしゃ~い。何名様?」

こりゃあ、確かに化粧お化け(笑)
一同全速で、逃げを打ちます。

「よ~し、フルアスタン!」

フルアスタンってのは、全速後進と言う意味らしく、全員腹を抱えて笑いながら走って逃げました。



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【清水魚市塲】 NIKON D500 / SIGMA 35mm F1.4 DG HSM / F1.8・1/1000 / ISO100 / RAW


彼らに与えられた休息は、一ヶ月とか二ヶ月とか、その時々で違いましたが、それが過ぎるといよいよ出港です。
彼らにとっては辛く、私にとっても淋しい別れの時です。

出港の日、見送りの人で港は大賑わい。
見送りは家族や友人もいましたが、一番多かったのは水商売のお姉さん。
たくさんのお金を落としてくれた上客だから、と言うだけでは無く、下手したら命を落とすかも知れない遠洋航海、短い間でも情が湧くのが港町の女。
たくさんのお土産(写真やお守り、下着などの他に、煎餅とか漬け物とか、そんなものが多かったです)を段ボール一杯渡して、涙ながらに手を振ります。

私も思わずもらい泣き。
今、こうやって思い出しても、哀愁の念がふつふつと湧き上がってきます。



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【清水魚市塲】 Panasonic FZ-1000 / 4kフォト

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【清水魚市塲】 Panasonic FZ-1000 / 4kフォト



これは少し前に撮った出港風景ですが、お姉さんの姿はほとんど無く、昔に比べて淋しいものでした。

そもそも、清水にはあまりマグロ船が入らなくなったのです。
焼津にはそこそこ入るようですが、それにしたところで昔に比べたら少ないでしょうね。
今は効率重視のため、一々船を帰国させないのだそうです。

例えばアフリカ沖で漁をする場合、船が魚で一杯になると、近隣の港へ陸揚げするそうです。
それを何度か繰り返し、船員に休暇を与える時になったらまた現地の港へ入り、船乗りは何と、飛行機で帰国するのだそうです。
飛行機で帰国をするなら、何もわざわざ清水くんだり来なくても、東京や大阪などの大都市で羽を伸ばせば良い・・・
清水の景気が悪化し、ショボい田舎町になってしまったのも、どうやらこう言うことらしいです。



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【清水魚市塲】 NIKON D500 / SIGMA 35mm F1.4 DG HSM / F2.8・1/800 / ISO100 / RAW



M船長達が清水へ帰ってくる時は、事前に船会社から私に連絡が入ります。
船長が私の電話番号を親会社に伝えてあり、寄港日が決まったら連絡するよう頼んであるからです。

そうやって何度かの寄港のたび、楽しい時間を過ごしていましたが、いつの間にやらお互い連絡が途絶え、もう5年以上合っていません。
気になってはいるものの、仕事が忙しいこともあり、ほったらかしにしていました。

ひょっとして、もう引退されてしまったのかもしれません。
まぁ、相変わらずお元気で、香水を効かしたお姉さんの肩を抱いているとは思いますがね~。